【寄稿:開館2年前プロローグ・イベント】「眠たくても、嫌われても、年をとっても」笠井康平
2025年11月30日、ニッショーホール(港区虎ノ門)で、みなと芸術センターは「開館2年前プロローグ・イベント」を開催しました。当日は、「プロローグ・トークセッション」「コラボレーション・パフォーマンス」をメインプログラムに、「VRエンターテインメント」「演劇ワークショップ」「レゴ®ブロック・ワークショップ」「ウォーク」「ネットワーキング・テーブル」「~砂浜でひとやすみ~出張!みなとコモンズ」など、様々なプログラムを終日かけて開催しました。
このページでは、当日プロローグ・イベントに参加した作家やライターが、それぞれの目線でプログラムを振り返り、執筆した文章をお届けします。同じプログラムに参加しても、感じ方や響き方は人それぞれ。当日参加できなかった方はもちろん、当日参加した方も、是非自分と違う角度からもう1度プロローグ・イベントを振り返ってみてください。
【ライタープロフィール】笠井康平(かさい・こうへい)
1988年生まれ。作家・編集者・研究者。著書に『さみしがりな恋人たちの履歴と送信』(いぬのせなか座、2025)がある。他の著作に「「作者」再評価のダイナミクス:ジャパンサーチを用いた近世日本文学史の時系列分析」(共著者:大向一輝、人工知能学会全国大会論文集、2025)、「場所(Spaces)」(共著者:樋口恭介、『異常論文』所収、早川書房、2021)、「文化芸術の経済統計枠組みはいかにしてテキスト品質評価指標体系の開発計画に役立つのか」(『早稲田文学』2020年冬号、2020)、『私的なものへの配慮No.3』(いぬのせなか座、2018)など。「もの書き」が生活に役立つ知識を持ち寄るメディア「作家の手帖」の共同編集長として、日本初訳のヴァージニア・ウルフ『灯台へ』(葛川篤訳、未完)の復刊にも携わる。
眠たくても、嫌われても、年をとっても
――人生は、角打ち、寄り合い、はしご酒。(虎ノ門ヒルズ)
――この街でみんなと強くなろう!(総務省消防庁)
――しごとより、いのち。(厚生労働省)
港区にはいい思い出がなかった。着飽きたワイシャツをどうにか使い回して、あちこちの会議室をはしごしながら、どの高層ビルに次のアポイント先があるのか探し歩いて、行き先に迷った記憶だらけなのだ。お声がけ、お伺い、ご提案、ご相談、お願い、お叱り、お詫び、お礼――日本流のビジネスマナーでパターン化された「商談」を何本も何本も何本もこなすうち、すっかり戯画化された「ITベンチャーの若者」を演じることにもうんざりしていた。
ある事態が重要であるほど、その成り行きは決まった枠組みから動かしがたく、うっすらと見える結論は、だれの思い通りにもならない。アドリブの余地は、ほとんど記録に残らないノイズだ。それでもどこかに「爪痕」を残したい。この私の短い生の証と、ちっぽけな野望のなごりを。
いまや産業全域に及んだデジタル変革(DX)の第一波に呑まれ、苦しまぎれにそう信じた私たちには、現在地さえ分からなかった。どの目的地でも次の目的地が示され、どの責任者も本当の責任者を探していた。いつまでも、どこにも、何も見つからなかった。初めからなかったのかもしれない。その時代はのちに「デジタル敗戦」と呼ばれた。長い夜だった。
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これから始まる「昼の世界」で語りづらくても、笠井康平(以下、「私」といいます)の署名で港区の文化と芸術を語るなら、短篇プロジェクト『5分後に、虚しい人生。本当に欲しかったものは、もう』(集英社文庫、2025年)について書かずにいられない。
いわゆる「タワマン文学」(*1)の旗手だという麻布競馬場(小説家)を筆頭に、人口ボーナス期のTwitter(X)でフォロワー数を稼いだ著述家たちの掌篇撰集だ。仕掛人は大手出版社の若き編集者たち。文芸書•ビジネス書の区別なく、スキマ時間で笑えて・泣ける「都会のソリテュード」を伝えてくれた。
対比すると、2010年代後半に生まれた「ストゼロ文学」(*2)は、就職氷河期世代を襲ったむき出しの貧しさをストレートに自嘲していた。2020年代前半を彩った「タワマン文学」は、ミレニアル世代の上昇志向が「社会の闇」に汚れる姿を茶化し、からかい、皮肉って、わずかな自意識さえ諧謔的なエンタメに流用していた。どちらも若年層に「雇用の劣化」が進んだ時期の民衆文化である。離人的で刹那的な、冷笑のトーンが通底していた。
*1:富と名声を得ようとして、平成期の東京で傷だらけになった元・若者のむなしさを、業界用語やネットスラング、高級感のある地名・法人・商品名などを多用して、感傷的で露悪的に語る作風。
*2:安く酔える高アルコール飲料をキーアイテムとして、報われなかった生い立ちや退廃的な私生活、家計の行き詰まり、先行きの暗さなどをユーモラスに語る作風。
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おびただしい「いいね」を集めたストーリーは、実在しそうな場面を巧みにフレーミングした社会風刺となるべく、空想上の「港区」にあるランドマークを、しばしば舞台背景に選んだ。金融資産(おかね)を増やしたい若者にとって、文化資本(そだちのよさ)がなくとも、人的資本(からだ)を張れば社会関係資本の形成(なかまづくり)ができる地理的資本(すてきなところ)だったからだろう。
過大な期待は「コロナ禍」前後の鬱屈した世相と、採算悪化に苦しむメディア産業に歓迎された。幻滅を誘うエフェメラルな物語群は自縄自縛のフィードバック・ループを形成して、「港区」という言葉にダーティなイメージをつけ加えたと思う。トレンドの火種となり、火付け役となり、やがて自らも燃料となった著者・編者・読者たちが「本当に欲しかったもの」は、きっとだれにもわからない。けれども、かつて田中康夫『なんとなく、クリスタル』(1981)や村上春樹『回転木馬のデッド・ヒート』(1985)、伊井直行『さして重要でない一日』(1989)がそうしたように、急発達する情報メディア産業の渦中で、素直に「つらい」と言えない勤労者たちの、声なき声を代弁する役割は果たせたのだろう。それだけでも大手柄だ。
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