【寄稿:開館2年前プロローグ・イベント】「眠たくても、嫌われても、年をとっても」笠井康平
鈴木優人×鈴木ヒラク「Prologue」(コラボレーション・パフォーマンス)に出演したふたりは、夏に顔合わせしたあと、今日まで揃って練習するタイミングが(本当に)なかったと聞いた。
幕が上がると、上手にはロール紙を据えた描画台が置かれ、下手に置かれた1台のグランドピアノとの間に、大型スクリーンが光っていた。ロール紙の一画が定点撮影されて、書き手の描写に合わせて紙を引き出すと、白黒映画みたいなメイキング映像がライブ配信されるのだった。
演奏が始まると、ピアノの運指とドローイングの筆致がお互いを解釈し、参照し、変奏する無言の掛け合いになった。起点の音からフレーズが広がり、メロディにまとまっては消え、とにかく「先」へ進んで止まらなかった。描線は無作為、抽象、具象、造形、記号のはざまを行き来しながら、休みなく「上」を目指しつづけた。まるで「港区」が再開発されていくみたいだった。
足踏みで調子を合わせながら、優人氏はいくつかの主音を起点にトレモロ・トリルを反復し、ヒラク氏のペンやブラシ、スプレー、スタンプの動きに応じた出方を探った。優人氏が画面から目を離すと、ヒラク氏は音の厚薄やリズムの強弱に合わせて「筆」を使い分けた。大まかに、高音には細線や曲線、しぶきで、低音には太線や直線、断面で応じられた。
発案、展開、起伏、重畳、収束――。出たとこ勝負の相互交渉をくり返すうちに、優人氏は弦やハンマーを直にさわる弾き方に、ヒラク氏はどんぐりや石、木の枝を用いた描き方に乗り出した。山場となりうる構成が何度かくり返され、ハートマークが何度か顔を出した。終演後に優人氏は「中盤だけは楽譜を弾いた」と明かしたけれど、手札を切り合う上演は持ち時間が尽きるまでつづき、カーテンコールでふたりはどっと疲れた様子だった。
これまで空間と視覚の関係を扱ってきたヒラク氏は、時間と聴覚に応じつづけたこの試みに、啓かれるものがあったという。優人氏は「子供たちにも真似してほしい。ピアノからは色んな音が出せるから」と語り、種明かしを兼ねてJ.S.バッハ「前奏曲(プレリュード)」(『平均律クラヴィア曲集』第1巻第1番より)を弾いた。ヒラク氏も賛同して、パフォーマンス終演後の画面に「Prologue」と書き足した。激しいアドリブの応酬が無音の余韻になって、聴き慣れたバロック音楽が、やけに整った・計画的な進行だと感じたものだ。

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閉幕後も20人ほど残った来場者たちは、休憩スポット「出張!みなとコモンズ~砂浜でひとやすみ~」ではしゃぐ子供の声を聴きながら、演劇ワークショップと屋外ツアーの裏で「ネットワーキングテーブル」に出席した。ワールドカフェ形式で開かれた対話の場は、サントリーパブリシティサービス株式会社の従業員など開館準備室のスタッフたちも加わり、田村かのこ氏ら4人のホスト・ファシリテーターを迎えた。
いまもコンサルタントである私は、対面ワークショップのホスト/ゲストに慣れすぎて、模造紙とポストイットを小道具とする科白劇で「善良な市民」を演じるのが苦手だ。後日にKJ法でまとめづらい、イレギュラーな発言を残したくなる。広聴活動の手法として、運営労力に比して得られる「声」の質を高めづらいことにも煮え切らない思いでいる。
市民参加のインプロヴィゼーション(即興劇)は、役者=観客に多くの物語を与えてくれるものの、その活気はアーカイブしづらい。これは上演形式の問題で、タイムテーブルの設計やテーブル配置、司会進行の工夫で解消しきれない。当事者の声をありありと保存し、省力的に報告できる方法は意外に見つかっておらず、新しい演出法が発明されてほしい。
この日は、もちろんプレ商談や個別ヒアリングの機会を求めて来た出席者もいたけれど、その場で「前向きに検討」しづらい「ご意見・ご感想」を口にした方もいて、ファシリテーターたちは時折り笑顔で困っていた。だれもが「身内」の語り口を採用できなくて、上手く話せなくなる場は貴重だ。
ひとつのテーブルで、長らく公立文化施設の運営に携わったという方が、これまでの単身赴任先だった地名を苦笑交じりに、よどみなく列挙した姿を覚えている。別のテーブルでも「劇場は土地に根を張ってしまう。良くも悪くも、『外』へ出づらくなる」と話題になった。劇場はひとを動かすのに、ひとは劇場を動かせない。
終了後の休憩スポットではスタッフが来場者たちとくつろいでいた。メイン受付は撤収していた。紙束と段ボールがあちこちにまとめて置かれていた。11月最後の日曜日が終わろうとしていた。

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1日をふり返ると、サイトスペシフィックで・シンボリックな編成の狙いが、タイムリーに実現した催事だったと思う。初動は春だと聞いたから、チームが確保できた正味のスケジュールは想像以上に短かったのだろう。それでも「序章」には十分なプログラムだった。
近代の終わりにウォルト・ディズニーが「テーマパーク」に見た夢は、日本各地の行政主体を担い手として、「地元」に古くから眠る文化資源を、「よそもの」が行き交う商業資本へと変えつつある。あらゆる複合芸術が「興行業」のフォーマットへ吸い込まれていく時代の流れは、とりわけ文化政策の現場で不可逆的に進むだろう。私の出身地にはショッピングモール、回転すし店、スーパー銭湯、パチンコホールが隣接する「市民ニーズ」の煮凝りみたいな場所があるのだけど、こうした「集い」は、少子高齢化を追い風に、地方から都会へと逆輸入されるかもしれない。それを歓迎できるかは「ひとによる」けれど、16世紀末・ロンドンの川沿いにあった劇場で、俳優兼劇作家兼共同株主として働いた男の悩みを、より深く知る機会ともなるだろう。
オフィス街の例に漏れず、浜松町は休日夜に「開いてる店は開いてるし、閉まってる店は閉まってる」商圏だから、劇場に集ったひとたちを駅の「外」へどう連れ出すかは、今後の課題となりそうだ。いずれだれかが正確なPR効果測定を求め、経済波及効果を推計したくなる日も訪れる。そのとき浮かび上がるバーチャルな「港区」は、だれの「しごと」を助け、あるいは「いのち」を救うだろうか。
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港区が行った生活調査を見るかぎり、この土地で暮らすマジョリティは、平均年収1,000万円以上の夫婦のみ世帯ではなく、年収300万円未満で年金生活する単身の高齢者である。あるいは育児休暇が取得できない父親、フルタイムで働く母親、習いごとに通う子供、就職・結婚・出産したい若者、情報の多言語化を求める外国人である。彼・彼女たちに届くナラティブの開発は、いまも・これからも求められている。
そして裏を返せば、この土地で暮らす無職の父親は、育児休暇さえ取れない母親は、孤立感のある子供は、家族を望めない若者は、日本語を学ぶひまがない外国人は、きっとマイノリティになりやすい――いや、この言い方はよくないな。
この国にとって「芸術家」がずっとそうだったように、学術調査で見つからず、消費行動として名指されず、業界からものけ者にされてきたひとこそ、私たち「文化関係」の働き手が目を向けて、己の内なる「地元」で受け入れるべき「よそもの」だろうから。属性情報の組み合わせで表現しきれないひとの姿に思いが至らなければ、想像上の「港区」で傷ついたひとの無念は晴れないし、実在する港区で暮らすひとは「これまでにない表現」に出会えない。
港(minato)と私(me)を結ぶ「砂浜」は、これからどんな「人間」の居場所になるだろうか。新しい「人間」が、誰一人取り残されない「砂浜」へ集まるために、私たちに何ができるか。
これらの問いに決まった答えはない。というか、ありえない。私たちはひとりじゃないからだ。
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