【寄稿:開館2年前プロローグ・イベント】「徒歩でオバケをつかまえるには」白尾芽

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2025年11月30日、ニッショーホール(港区虎ノ門)で、みなと芸術センターは「開館2年前プロローグ・イベント」を開催しました。当日は、「プロローグ・トークセッション」「コラボレーション・パフォーマンス」をメインプログラムに、「VRエンターテインメント」「演劇ワークショップ」「レゴ®ブロック・ワークショップ」「ウォーク」「ネットワーキング・テーブル」「~砂浜でひとやすみ~出張!みなとコモンズ」など、様々なプログラムを終日かけて開催しました。
このページでは、当日プロローグ・イベントに参加した作家やライターが、それぞれの目線でプログラムを振り返り、執筆した文章をお届けします。今回はウォークに参加した白尾芽さんの寄稿です。同じプログラムに参加しても、感じ方や響き方は人それぞれ。当日参加できなかった方はもちろん、当日参加した方も、是非自分と違う角度からもう1度プロローグ・イベントを振り返ってみてください。

【ライタープロフィール】白尾芽(しらお・めい)
東京工業大学 環境・社会理工学院 社会・人間科学コース(伊藤亜紗研究室)修了。ダンスを中心とする舞台芸術や美術について執筆。修士論文を元にした論文に「ポストモダンダンスにおける観客性と「身体的共感」──イヴォンヌ・レイナーの作品を中心に」『Commons Vol.3』(未来の人類研究センター、2024年)がある。現在出版社勤務。


徒歩でオバケをつかまえるには

2027年11月に開館予定のみなと芸術センターは、さまざまなプレプログラムのなかで、理想的な劇場のあり方として砂浜のイメージを強く押してきた。これは、2023年開催のシンポジウム「共生社会と創造性をめぐって」において、美学者の伊藤亜紗が提案したキーワードに端を発している。今回のイベントでも、2年後に完成する劇場の姿を見据えて、砂浜らしさが重視されていた。会場となったニッショーホールでは、トークやパフォーマンスセッションに加えてワークショップも開催され、見ること、知ることだけでなく、その場に集い、参加することにも開かれている。なかでも、今和泉隆行(地理人)『裏路地から追いかける街の変化』と、佐藤朋子『オバケ東京ウォーク:いくつかの塔をめぐってm~mを眺める』という2つの「ウォーク」は、それぞれ会場を起点に、約1時間にわたって作家の語りを聞きながら街を歩くツアーパフォーマンス的なプログラムであった。

それぞれの内容を振り返ってみよう(なお当日は各2回ずつおこなわれたが、筆者は12時から今和泉、16時半から佐藤のウォークに参加した)。今和泉は、なんと7歳から空想の街の地図を書きはじめたという経歴の持ち主だ。たとえば代表作「中村市」の地図は実在の土地と見紛う精度で作り込まれ、そこから派生してスーパーや飲食店のロゴ、そこに暮らす人の財布の中身まで存在しているという。こうした実践は単なる空想力だけでなく、全国各地の街を見て回った経験に裏打ちされている(*1)。そんな今和泉が今回テーマに選んだのは、再開発の進む虎ノ門〜新橋〜汐留〜芝エリアに残る数少ない裏路地だ。当日配布されたリーフレットに「再開発されたビル群も裏路地も、その中にずっといて他と比べないと、なかなかその趣や特徴は見えてきません」とあるように、その眼差しは〈新〉と〈旧〉の差に向けられている。家や職場の近くで、ある日古い雑居ビルに仮囲いがされ、「あれ、ここには何があったんだっけ?」と思いながら通り過ぎ、忙しく日々を送るうちに、新しいビルが建ったことにも気づかず、また通り過ぎる……そんな経験は誰にでもあるはずだ。このウォークでは、まさに急速に〈新〉が〈旧〉を覆っているこの地域で、ただ通り過ぎるのではなく、キョロキョロとよそ見をしながら、隠れた〈旧〉を発見する目を養うことが試みられていた。

©Hide Watanabe

今和泉のウォークには、5つのポイントと、各自のデバイスで再生できるトークが設けられている。一行は、今和泉と開館準備室の酒井七瀬・吉岡直哉の3人が街について語り合うpodcastのようなトークの音声を聞きつつ歩き、たまにポイントで立ち止まって今和泉の肉声による説明を聞く。街の〈旧〉があらわれるのは、交通機関で移動するだけでは見逃してしまうような、駅やランドマークのすき間に残る一帯だ。たとえば、スタート地点の虎ノ門ヒルズ周辺ではTRANOGATE(2027年完成予定)の建設や道路整備をはじめとする再開発が盛んだが、そこから新橋駅までのあいだ、新橋仲通りには古い低層のビルや路上園芸も残っている。この通りには、森ビルの前身・森不動産が1955年にはじめて建設した「西新橋2森ビル」もある。なんと、その屋上プレハブから始まった会社がリクルートだというから驚きだ(*2)。こうして、休日の昼時、営業前の飲食店が立ち並ぶひっそりとした平凡な通りに、数十年という短い歴史の因果と、目まぐるしい街の変化が重なる。

新橋駅に近づくと、細い路地に飲み屋街が続く。突き当たりの烏森神社を抜け、ニュー新橋ビル(1971年竣工)を横目に見ながら交差点を渡れば、桜田公園(桜田小学校跡地)が見えてくる。烏森や桜田は、いずれも新橋よりずっと古い地名だ。リーフレットにある1984年と2025年の地図を見比べてみると、西新橋〜新橋の区画自体にはさほど変化がないことがわかる(*3)。そこから汐留方面に進んで東新橋の「イタリア街」を抜けた先にある、大門駅手前の芝大神宮がこのウォークのゴールだ。後から調べてみると、芝大神宮の手前、貴重な木造家屋が残る一角はかつて料亭が立ち並ぶ花街だったようである。大小のビルが立ち並ぶ風景のなか、浜松町方面に目を向けると、建設中の世界貿易センタービルディング本館や、みなと芸術センターを含む新たなビルが見える。

©Hide Watanabe

地図は自分を目的地まで導いてくれたり、なんとなくの位置関係の理解をもたらしてくれたりする道具である。しかし今和泉のウォークでは、地図を時代で比べながら、駅と駅、地名と地名のあいだを縫って進むことで、空間に埋め込まれた時間が浮かび上がっていた。そこで明らかになるのは、親しみある街並みが〈新〉で覆われ、ところどころに〈旧〉が貼り付けられつつある現状だ。劇場空間は街とどう繋がっているのか──これは次の佐藤のウォークを考えるうえでも重要な問いだが、まずはその前提として実際の街と出会いなおす機会が準備されたことは、本イベントのひとつの達成だと言えるだろう。